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だから言わんこっちゃない。私は防衛庁時代からこの人物を、更迭しろ、栄えある初代防衛大臣になんかするなと指摘していた。「イラク戦争は間違い」といって日米同盟にヒビを入れ、米側のカウンターパートからボイコットされた時点で、さっさと更迭すべきだったのである。

そうすれば今回のような、左翼を喜ばせるような辞任劇を演じることだけは避けられただろう。

石破氏のような例外は存在するが、防衛庁長官というのは経験の浅い人物が、とりあえず閣僚入りするときに就任する「腰掛け」のごとき役職だった。安全保障についてのまともな見識の持ち主の方が例外だったのである。

そういう「防衛庁長官」と、現在の「防衛大臣」とを同じ基準で選んではならない。久間氏も、「防衛庁長官」なら務まっても「防衛大臣」の器ではない。それがわかっているから、防衛庁の省昇格の際にも「防衛大臣」には別の人物を当てろといったのだが、その甲斐なく

公明党の肩を持つわけではないが、浜四津敏子代表代行の

柳沢伯夫厚生労働相の『産む機械』発言とは質的に違う

という指摘は正しい。これを教訓として、今後は「防衛大臣」を「防衛庁長官」と同じ基準で選ぶことは、厳に慎むべきである。


相撲は国技といわれるが、実はこれは自称である。そもそも文明開化の時代には「このご時世に裸踊りとはけしからん」と卑しめられさえした。その相撲が「復権」したのは、昭和天皇が相撲ファンだったことによるという。これを理由として相撲が「自称・国技」となった。まだ明治時代のことだったようで、初代・国技館が明治42年に開設している。

もっとも、国際的なアピール度からいえば、柔道の方が遥かに先行している。なにしろ小説の中で、アルセーヌ・ルパンの特技という設定になっているくらいだ(どこで習ったのだ? ^^;)。

蛇足ながらこの時代、どういうわけか「柔道」は国際名称ではなかったようで、昔の海外の教本の表紙には「柔術」と(ローマ字で)書かれている。しかし、これはいわゆる古流柔術ではなく、柔道を指すようだ。どうしてこういうことになったのか、その理由は私は知らない。そういえばグレイシー「柔術」も、源流は講道館「柔道」だ。

剣道や空手が本格的に海外に広がったのは、戦後の話である。特に空手の場合、船越義珍が本土に伝えたのがやっと大正時代の話だから、その普及はかなり新しい。合気道も、創始者の植芝盛平が大東流から数度の名称変更を経て「合気道」を名乗ったのは、大正か昭和初期の話だ。だからルーツは古くても、いずれも普及の歴史は意外に新しいのである。

相撲に至っては、国内の競技人口はどれほどであろうか。どう考えても、柔道や剣道、空手、合気道などに比べて、けっして多いとは思えない。それがなぜ「国技」なのか。

今日予定されていた大相撲名古屋場所の新弟子検査が受検志望者ゼロのため行われないことになったというが、さもありなん。むしろこれまで欠かさず応募があったのが不思議だと思う。

もう一つ不思議なのは、「国家」が大嫌いな日本の左翼も「国技」には文句をつけないということだ(笑)。

国旗・国歌と違って「国技」は今でも法的に指定されているわけではないのだが、せいぜいフェミニストが女性知事を土俵に上げろとゴネるくらいで、「自称・国技」に文句をつけたという記憶がない。これは何か理由があるのだろうか? レクサス IS 岡山 SM ランサーエボリューション フェアレディーZ インプレッサ インテグラ タイプR トヨタ ブレイド ソアラ シルビア S15 カマロ カプチーノ  スカイライン GTR コルベット フォード マスタング スイフト スポーツ